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広島高等裁判所 昭和58年(う)163号 判決

被告人 橋本次雄

大七・六・三〇生 自動車運転教習所経営

主文

本件控訴を棄却する。

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は弁護人中川哲吉作成の控訴趣意書及び「控訴趣意書(補充)」と題する書面記載のとおりであり、これに対する答弁は検察官石井和男作成の答弁書記載のとおりであるから、ここにこれらを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

控訴趣意第一点(事実誤認の主張)について

論旨は、要するに、「原判決は、被告人は広島県府中自動車学校の名称で自動車運転教習業を営み、その業務全般を統括するものであるが、原審相被告人橋本浩と共謀のうえ、被告人にかかる所得税を免れようと企て、昭和五四年分、同五五年分、同五六年分の被告人の所得について収入金の一部を除外するなどの不正行為により所得を秘匿したうえ、所轄府中税務署長に対し各年分ごとの虚偽の所得税確定申告書(ただし、昭和五五年分及び同五六年分についてはみなし法人課税方式により)を提出し、もつて不正の行為により右各年分合計九五一九万八六〇〇円の所得税を免れたとの事実を認定した。しかし、原判決の右認定は、必要経費として所得金額から控除されるものを看過して右金額を算出した結果、脱税額を誤認していて、右の誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄を免れない。」というのである。以下所論にかんがみ、所論が必要経費にあたると主張する各項目ごとに逐次検討することとする。

一  租税公課について

所論は、「被告人が路上教習車の折返し用地として取得した福山市駅家町の土地合計六四五〇平方メートルの昭和五四ないし五六年分の固定資産税及び土地保有税合計二七〇万五二一二円につき、広島国税局も右の土地の約四五・六パーセントにあたる二九四四・五平方メートルの部分を事業用として認めているのであるから、右二七〇万五二一二円のうち四五・六パーセントにあたる一二三万三五七七円は必要経費として所得金額から控除されるべきである。」という。

関係証拠とりわけ(証拠略)によれば、所論指摘の土地のうち四六パーセントの部分は、路上教習車の折返し用の土地すなわち府中自動車学校の事業の用に供される資産であつて、右の土地部分にかかる固定資産税、土地保有税は必要経費に算入されるべきものと認められるから、左記の計算のとおり、所論指摘の土地に対する固定資産税、土地保有税のうち昭和五四年分四一万四六三八円、同五五年分四一万三七〇六円、同五六年分四一万六〇五一円は必要経費として所得金額から控除されるべきものである。

固定資産税     土地保有税     合計

54年 269,710×46%=124,066 631,680×46%=290,572 414,638

55年 302,150×46%=138,989 597,212×46%=274,717 413,706

56年 326,000×46%=149,960 578,460×46%=266,091 416,051

してみると、原判示の各事実について、所得金額から右の必要経費を控除せず、そのため脱税額の算定を誤つた点において原判決は事実を誤認しているというべきである。

二  旅費、交通費について

所論は、「被告人が業界団体の役員などとして出張した際の旅費、交通費のうち広島国税局が否認した部分合計四九万四九〇〇円(昭和五四年分一三万円、同五五年分九万円、同五六年分二七万四九〇〇円)は、右の出張に要した国鉄料金、タクシー代などであつて、必要経費として所得金額から控除されるべきである。」といい、橋本浩の当審証言、被告人の当審公判廷における供述中には右の所論にそう部分がある。

関係証拠とりわけ(証拠略)によれば、所論指摘の旅費、交通費(広島国税局によつて必要経費を水増ししたものとして否認された分)は、いずれも領収証など裏付けとなる資料が存しないものであることが認められるから、必要経費として認めることはできない。なお、当審に至つて弁護人が右の裏付け資料として提出した手帳、役員会次第写、指教運営協議会次第写、理事会次第写は右の裏付けとして十分なものではない。

これに対し所論は、「右の出張のために要した駐車場料金については必要経費として認めながら、国鉄料金、タクシー代について認めないのは不当である。」という。

しかし、(証拠略)によれば、右の駐車場代金が必要経費として認められたのは裏付け資料となる領収証が存したためであることが明らかであるから、右の裏付け資料が存しない国鉄料金、タクシー代の場合も必要経費として認めるべきであるとはいえない。

右の所論は採ることを得ない。

三  接待、交際費について

所論は、「被告人が支払つた接待、交際費合計二五万二八八〇円(昭和五四年八月一日天満屋デパートに支払つた中元用商品券代二一万円、同五六年一月二〇日岡村鮮魚店に支払つた自宅接待経費四万二八八〇円)は、いずれも自動車学校として必要な進物、接待のため支出したもので、必要経費として所得金額から控除されるべきである。」といい、前記橋本証言、被告人供述中には右の所論にそう部分がある。

関係証拠とりわけ(証拠略)によれば、右の商品券の配布先、接待の相手方が不明であつて、右の支出が自動車学校の事業のためになされたことを裏付ける資料が存しないこと(被告人は、前記被告人供述中で中元の配布先は明らかにすることができないところもある旨述べている)が認められるから、必要経費として認めることはできない。右の所論も採ることを得ない。

四  修繕費について

所論は「被告人が自動車学校の植木の手入れの費用として昭和五四年一月二五日府中造園に支払つた一〇〇万七〇〇〇円と場内練習コースの夜間照明灯の修理改善費として同五六年一月三〇日株式会社児玉電工社に支払つた六〇万円は、いずれも必要経費として所得金額から控除されるべきである。」といい、前記橋本証言、被告人供述中には右の所論にそう部分がある。

関係証拠とりわけ(証拠略)によれば、右の府中造園の行つた作業には従来からあつた植木の手入れと新たな植木の植樹とが含まれており、また、児玉電工社の行つた工事も従来からあつた照明灯の修繕と新たな照明灯の設置工事が含まれているところ、右の手入と植樹、修繕と新設の費用が特定されることなく、いずれも単年度分の必要経費として申告されていることが認められ、前記橋本証言、被告人の供述中右の作業、工事はいずれも全部ないし殆どが従来からある植木、照明灯の手入れ、修繕である旨の部分は前出各証拠に照らしにわかに措信し難い。してみると、右の作業、工事費のうち植樹、新設工事の費用は資本的支出であるから単年度の必要経費として認めることはできず、取得した年から毎年減価償却費相当額が必要経費として認められるに過ぎないところ、本件の場合右の植樹、新設工事費用が特定されていないのであるから、結局全額について必要経費と認めることはできない(なお、関係証拠とりわけ(証拠略)によれば、被告人は本件発覚後府中造園の右作業について緑化施設((取得価額一〇〇万七〇〇〇円))として減価償却資産とすることを内容とする所得税の修正申告をなし、税務当局によつて昭和五三年分以降の各年度について右の減価償却費相当額が必要経費として認められていることが明らかである。)。右の所論は採ることを得ない。

五  消耗品費について

所論は、「(1) 昭和五四年二月二三日から同五六年三月一七日までの間に佐藤商店に支払つた一六万三六〇〇円のうち九万円は、自動車学校教習生の鑑賞用として飼育している鳥や魚の飼料代であり、(2) 同五四年八月二八日ダイエー福山店に支払つた五万二二〇〇円は同校託児室に置くためのベビーベッドの代金で、(3) 同五六年三月三一日角丸堂に支払つた一一万六六六七円は同校職員室に置く机、椅子の代金で、いずれも必要経費として所得金額から控除されるべきである。」といい、前記橋本証言、被告人供述中には右の(1)、(2)についての所論にそう部分がある。

関係証拠とりわけ(証拠略)によれば、(1)の佐藤商店に対する支払分には所論指摘の飼料代金と被告人の家庭の米代とが含まれていて、両者を特定できる資料がないこと、(2)のダイエー福山店に対する支払いは、橋本浩が自宅用に買い入れたベッドの代金の支払いであること、(3)の角丸堂に対する支払いは、被告人が個人用に買い入れた家具代金の支払いであることが認められるから、いずれも必要経費と認めることはできない(なお、(証拠略)によれば、(2)のベッドは、購入後約半年してから自動車学校の用途に転用されたことが認められるが、これによつて(2)の支払いが必要経費になるものでないことは、もとより当然である。)。右の所論も採ることを得ない。

六  雑費等及び利子について

所論は、「府中茶華道専門学校は府中自動車学校の事業の一環として設立されたものであるから、被告人が昭和五四年から同五六年までに支払つた同茶華道専門学校の雑費、修繕費、消耗品費合計一九八万一四六〇円は、必要経費として所得金額から控除されるべきである。また、被告人は府中農業協同組合に借入金の利子合計三八一五万五八四〇円を支払つているが、右の借入金のうち昭和五四年借入れの合計八〇〇〇万円は同茶華道専門学校敷地の購入資金、同五五年借入れの二億七〇〇〇万円は同校々舎、府中自動車学校休憩室、託児室、被告人の居宅の建築資金であるから、右の利子のうち三三七三万一七七七円(居宅部分の建築資金の利子に相当する額を差し引いたもの)は、必要経費として所得金額から控除されるべきである。」といい、前記橋本証言、被告人供述中には右の所論にそう部分がある。

関係証拠とりわけ(証拠略)によれば、府中茶華道専門学校は被告人が茶華道に趣味があり、その趣味を生かすために設立したもので、これによつて採算がとれるとは考えていなかつたこと、前記自動車学校の休憩室、託児室は昭和五七年から事業の用に供されるに至つたことが認められ、前記橋本証言、被告人供述中の右認定に反する部分はにわかに措信できない。してみると、府中茶華道専門学校は府中自動車学校の事業の一環ではなく、同専門学校開設のための雑費などやその校舎建設資金調達のための借入金の利子は、自動車学校の必要経費と認めることはできないし、また、自動車学校の休憩室、託児室建設のための借入金利子は、減価償却資産に算入され、事業の用に供されるに至つた昭和五七年以降において減価償却費相当分が必要経費と認められるに過ぎないから、昭和五六年までの必要経費とは認められない(なお、仮に、茶華道専門学校が自動車学校の事業の一環と認められるとしても、同専門学校開設のための雑費などやその校舎建設のための借入金の利子は、いずれも減価償却資産とされ、関係証拠により認められる茶華道専門学校が開校された時期である昭和五七年以降において減価償却費相当分が必要経費と認められるに過ぎない。)。右の所論も採ることを得ない。

以上一ないし六で説示したとおりであつて、固定資産税及び土地保有税の一部を必要経費と認めなかつた点に関して原判決は事実を誤認したものであるが、その余の点については所論の事実誤認はなく、その他記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも加えて検討してみても、原判決の事実認定に誤りを見い出すことはできない。

そこで、前記一で説示した事実誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかといえるか否かについて検討する。(証拠略)によれば、一で説示したとおりの固定資産税、土地保有税を必要経費とし、これを控除して所得金額を算定した場合の脱税額は、昭和五四年分(原判示第一の事実)三九四四万六四〇〇円(原判示脱税額との差三一万一三〇〇円)、同五五年分(原判示第二の事実)二六四〇万六〇〇円(原判示脱税額との差二六万九一〇〇円)、同五六年分(原判示第三の事実)二八五〇万八〇〇円(原判示脱税額との差二七万四〇〇円)であることが認められ、右の各差額の原判決が認定した脱税額に対する割合は昭和五四年分〇・七八パーセント、同五五年分一・〇一パーセント、同五六年分〇・九四パーセントであつて、同五四年分から同五六年分までの原判示事実全体についても〇・八九パーセントに過ぎないのであり、右の程度の誤認があつても、判決に影響を及ぼすことが明らかであるとは到底いえない。論旨は結局理由がない。

控訴趣意第二点(量刑不当の主張)について

論旨は、要するに、原判決の量刑不当を主張するものである。

しかし、原審及び当審で取り調べた証拠に現われた情状とりわけ本件の脱税額は莫大なものであつて、一般国民の納税意欲に及ぼす影響が大きいことなどに鑑みると被告人の刑事責任は軽視し難く、被告人には罰金刑以外に前科がなく、本件の発覚により種々の社会的制裁を受けていることなど所論指摘の事情を被告人の利益に斟酌しても、被告人を懲役一年二月及び罰金二〇〇〇万円、懲役刑につき三年間執行猶予に処した原判決の量刑は、まことに相当であつて重きに失して不当であるとは認められない。論旨は理由がない。

なお、原判決は「法令の適用」の項中「一被告人橋本次雄」の部分冒頭で「同被告人の判示第一、第二の各所為は、刑法六〇条、昭和五六年法律第五四号附則五条により同法による改正前の所得税法二三八条一項に各該当する」旨判示している。しかし、前記附則五条は、同法二四四条二項の改正(時効に関するもの)の経過規定であつて同法二三八条一項の改正(刑期に関するもの)の経過規定ではないのであるから、前記附則五条でなく、刑法六条、一〇条によつて前記法律第五四号による改正前の所得税法二三八条一項を適用すべきである。原判決は、この点において法令の適用を誤つているが、結局右改正前の所得税法二三八条一項が適用されることに変りはないから、判決に影響を及ぼすものではない(最高裁判所昭和五九年三月二七日判決同旨参照)。

よつて、刑事訴訟法三九六条に則り本件控訴を棄却し、当審における訴訟費用については刑事訴訟法一八一条一項本文によりその全部を被告人に負担させることとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 干場義秋 竹重誠夫 横山武男)

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